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はじめに
人生とは本当に不思議なものだと思います。
若い頃には想像もしなかった場所で働き、想像もしなかった人たちと出会い、そして気が付けば思いもよらない道を歩いている。
私は現在、病院の救命救急センターでクラーク(修行中)として働いています。
こう書くと、最初から医療関係の仕事をしていたように思われるかもしれません。
しかし実際は違います。
つい数か月前まで私は保育士として子どもたちと毎日過ごしていました。
その前は高齢者施設で相談員として働いていました。
さらに遡れば接客業の経験もあります。
医療とは全く違うように見える職歴です。
それでも今、私は救命救急という命の最前線とも言える現場で働いています。
人生は本当に何が起こるか分かりません。
今回は、私が50代で新しい世界へ飛び込み、救命救急クラークになるまでのお話を書いてみたいと思います。
第一章 様々な病気と共に歩んできた人生
私は修正大血管転位という先天性心疾患を持っています。
病気を抱えていることが特別だと思ったことはありません。
なぜなら、それが私にとって当たり前だったからです。
もちろん定期的な大学病院の通院もありますし、自分の身体と向き合いながら生活する必要もあります。
ですが、病気があるからといって何かを諦めてきたわけではありません。諦めもありましたが、その分得るものもあるのです。
五回の手術、あちこちい大きな傷があります。摘出手術もありました。
でも手術する度、家族の有難み、辛さ、頑張り、弱さ、生きる事の感謝、私の周りにいる人たちへの感謝、が手術をするたび一つ一つ積のっていき、心は充実していく。
そして私は、人と関わる仕事が益々好きになっていきました。
子どもたちと向き合う保育士。
利用者様やご家族と関わる相談員。
どちらも人の人生に寄り添う仕事です。
大変なこともありましたが、多くの出会いに恵まれました。
特に保育士として過ごした時間は、私にとってかけがえのないものでした。
子どもたちの成長を見守り、一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に喜ぶ。さらに何名か就職まで見守る機会まで頂く事がありました。
毎日が慌ただしくも充実していました。
しかし人生には転機があります。
私にも新たな挑戦を考える時期が訪れました。
第二章 50代での挑戦
50代で新しい職種へ挑戦することは簡単ではありません。
しかし、保育士であることの身体を維持できなくなっていました。
そして、子供は大学生。
働かなくてはいけません。
実際に就職活動を始めると、その現実を何度も感じました。
若い応募者との競争。
未経験という不安。
年齢に対する周囲の目。
正直、心が折れそうになったこともあります。
それでも私は体力がない分、学び続ける事で自分の生きる価値を見つけていたのです。
医療事務の資格を取得し、さらにドクターズクラーク(医師事務作業補助者)の資格取得にも挑戦しました。
勉強は決して楽ではありません。
学び続けることは想像以上に大変でした。
それでも私は思いました。
「何かを変えたいなら、まず自分が動かなければいけない」
そんな気持ちで机に向かい続けました。少々体調が悪くても通い続けました。
資格を取得したからといって、すぐに仕事が見つかるわけではありません。
それでも一歩ずつ前へ進み、そしてある日この資格を生かした就職が出来たのです。
50代後半で医療事務で迎えてくれる、職場が。

さらに面接の時から救命救急センターのクラークを打診されていましたが、未経験でまさかと思っていました。
(病院窓口か診療計算へとばかり思っていましたので)
正直なところ大変驚き、戸惑いました。
未経験で救命救急。
自分に務まるのだろうか。
そう思ったのが本音です。
同時に、挑戦してみたい気持ちも、ちょっぴりありました。
人生で何度も訪れるチャンスではありません。
私は決めました。
私は幸運の神様の後ろ髪を、掴んだのです。
(幸運か、はたまた地獄なのかはこれから分かる事なのでしょうが……)
第三章 救命救急という新しい世界

ご縁があり、私は無事、採用していただくことができました。
今でも不思議な気持ちになります。
保育士だった私が救命救急で働いている。
数年前の自分には想像もできなかった未来です。
もちろん現実は甘くありません。
覚えることは山のようにあります。
医療用語。
電子カルテ。
病院独自のルール。
医師や看護師との連携。
毎日が勉強です。
そして私は完全な未経験者です。
周囲の医療事務スタッフの中には、
「本当に大丈夫なのだろうか」
そんな不安を抱く方もいたと思います。
実際、心配の声が聞こえてきたこともありました。
それは当然のことだと思います。
救命救急は命に関わる現場です。
簡単な仕事ではありません。
だからこそ責任も重い。
しかし採用してくださった会社の方は、私にこう言ってくれました。
「まだまだ若い」
「育てるから頑張って」
その言葉は今でも心に残っています。
50代になって「若い」と言われるとは思っていませんでした。
でもその言葉には年齢の話だけではなく、
「これから成長できる」
という期待が込められていたように思います。
考えてみれば、これまでの仕事は決して無関係ではありませんでした。
接客業で培ったコミュニケーション能力。
保育士として身につけた観察力。
相談員として経験した多職種との連携。
すべてが今の仕事に少しずつつながっています。
当時は気付かなかった経験が、今になって生きているのです。
人生は点ではなく線なのかもしれません。
その時には意味が分からなかった出来事も、後から振り返ると一本の線でつながっている。
最近、そんなことをよく考えます。
もちろん私はスピリチュアルな話をしているわけではありませんよ。
ただ、自分の人生を振り返ると、不思議な縁に導かれてきたような感覚があるのです。
病気を抱えながら生きてきたこと。
保育士になったこと。
相談員になったこと。
資格取得に挑戦したこと。
そして救命救急クラークとして採用されたこと。
どれか一つ欠けていても、今の私はいなかったでしょう。
まだ私は修行中です。
毎日失敗もあります。
覚えなければならないことも山ほどあります。
それでも前を向いて進んでいこうと思います。
なぜなら、この場所で働くことにも何か意味があるような気がするからです。
そして次回は、私が午前中は小児科の窓口業務のお手伝いをさせていただき経験した、忘れられない再会について書こうと思います。
保育士ほんの数か月前まで担任をしていた男の子との、思いがけない再会のお話です。
人生とは本当に不思議なものだと感じた出来事でした。
