介護で一番つらかったのは見守りでした|目が離せない毎日の中で感じたこと

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父の介護で一番大変だったのは「見守り」でした

介護というと、食事の介助や入浴、トイレの世話など、体を動かして行うことが大変だと思われがちです。私も最初はそう思っていました。ですが実際に父の介護をしてみて、一番神経を使い、心がすり減るように感じたのは「見守り」でした。

見守りとは、特別な作業をしているわけではありません。そばにいて、危ないことが起きないように気を配ることです。一見すると何もしていないようにも見えるかもしれません。でも実際は、常に周囲の様子を確認し、父の動きに気を配り、いつ何が起きても対応できるようにしておく必要がありました。

父はまだ「自分でできる」という気持ちが強く残っていました。

体のバランスが以前のようではなくなっていても、本人の中では昔と同じ感覚が残っているようでした。そのため、少し目を離したすきに立ち上がろうとしたり、どこかへ歩いていこうとすることがありました。

だからこそ、家の中でも安心して離れることができませんでした。台所で食事の準備をしているときも、洗濯をしているときも、どこかで「今、父は何をしているだろう」と常に気になっていました。ほんの短い時間でも視線を外すと、不安がよぎるのです。

この状態が続くと、体の疲れよりも精神的な疲れが積み重なっていきます。何かをしているわけではないのに、ずっと気を張っているような感覚です。夜になる頃には、肩や背中がこわばっていることもありました。

家族も疲労が溜まり・・

父が一人で立ち上がろうとしていないか、ふらついていないか、みんなが気にしていました。家の中の空気もどこか緊張していて、安心して過ごせる時間はあまり多くなかったように思います。

介護の本や情報では、さまざまな介助方法や便利な道具が紹介されています。もちろんそれらも大切ですが、実際に介護をしてみて感じたのは「見守ること」の重さでした。何もしていないように見えて、実は常に気を張り続ける時間でもあります。

父の様子を見ながら過ごす毎日は、静かな時間のようでいて、心の中ではずっと緊張が続いていました。見守りは目立つ介護ではありませんが、家族にとってはとても大きな役割だったと今でも感じています。

「大丈夫だから」と言って自分で動こうとする父

父の介護で難しかったことの一つは、「自分でできる」という父の気持ちとの向き合い方でした。年齢を重ね、足元が以前より不安定になってきていても、父の中では「まだ大丈夫」という思いが強く残っていたように感じます。

家族から見ると、ふらつく様子や立ち上がるときの不安定さが気になります。だからこそ「呼んでくれれば手伝うよ」「一人で動かないでね」と声をかけるのですが、父は「大丈夫だから」「これくらいできる」と言って、自分でやろうとすることがよくありました。

その言葉を聞くたびに、どう対応すればよいのか悩むことがありました。本人の気持ちを尊重したいと思う一方で、もし転んでしまったらという不安もあります。強く止めれば気持ちを傷つけてしまうかもしれないし、何も言わなければ危険が増えるかもしれない。その間で揺れることが多かったように思います。

父の気持ち

父にとっては、できることを自分でやることが当たり前だったのだと思います。長い人生の中で、自分のことは自分でやってきたという自信や習慣があったのでしょう。それが急に「一人で動かないでください」と言われるのは、きっと簡単に受け入れられるものではなかったのかもしれません。

例えば、椅子から立ち上がるときや、少し場所を移動しようとするときなど、ほんの短い動きでも父は自分でやろうとしました。家族が近くにいても、声をかける前に立ち上がってしまうこともあります。そのたびに、こちらは急いでそばに行き、支えられる位置に立つようにしていました。

ただ、その瞬間にいつも間に合うとは限りません。人はずっと同じ場所に立って見守っているわけにはいきません。家事をしている時間もありますし、少し席を外すこともあります。そのわずかな時間に父が動こうとすることもありました。

「見守り」という言葉は穏やかに聞こえるかもしれません。

実際にはとても繊細なバランスの上に成り立っているように感じました。本人の自立したい気持ちと、安全を守りたい家族の思い。その両方を考えながら声をかけたり、距離を取ったりする必要があります。

父の「大丈夫」という言葉には、自分の生活を守りたいという思いが込められていたのだと思います。それを完全に止めてしまうことが本当に良いのか、今でも考えることがあります。介護は体のサポートだけではなく、こうした気持ちの部分とも向き合う時間なのだと実感しました。

だからこそ、見守りの時間はただそばにいるだけではなく、父の様子や気持ちを感じ取りながら過ごす時間でもありました。ほんの少しの動きや表情の変化に気づくことが、安全につながることもあるからです。

昼間、目を離したわずかな間に玄関脇で起きた転倒と骨折

今でも忘れられない出来事があります。それは、昼間のほんの短い時間に起きた父の転倒でした。家の中にいて、特別なことが起きるとは思っていなかった時間でした。

その日もいつものように父を見守りながら過ごしていました。父は椅子に座っていて、しばらくは落ち着いている様子でした。私は台所で少し家のことをしていて、父の様子を時々確認しながら動いていました。

ほんの少し目を離した、そのわずかな時間でした。父は自分で立ち上がろうとしたようです。あとから考えると、トイレに行こうとしたのか、何か気になることがあったのかもしれません。

父は「大丈夫だから」とよく言っていました。だからこそ、そのときも誰かを呼ばずに自分で動こうとしたのだと思います。しかし体のバランスは以前のようではなく、立ち上がったあとにふらついてしまったようでした。

気づいたときには、玄関の脇で父が転んでいました。慌てて駆け寄り、声をかけながら体の様子を確認しました。大きなけがではないことを祈るような気持ちでしたが、父は足の甲を痛がっていました。

その後の診察で、足の甲の骨を骨折していることがわかりました。大きな事故ではなかったものの、家族にとってはとても衝撃的な出来事でした。「見守っていたのに」という思いが、ずっと頭の中に残っていたからです。

あのとき、もしもう少し早く気づいていれば。もし立ち上がる前に声をかけていれば。そんな考えが何度も浮かびました。見守っていたつもりでも、すべてを防ぐことはできないのだと痛感した瞬間でもありました。

完璧な介護なんてない。しかし介護の重さは果てしない。

介護をしていると、「ちゃんと見ていなかったのではないか」と自分を責めてしまうことがあります。私もそうでした。ですが、後から振り返ると、家族がずっと同じ場所で見守り続けることは現実的にはとても難しいことです。

それでも、転倒という出来事は心に強く残ります。父も驚いた様子でしたし、家族も大きな不安を感じました。家の中であっても、思いがけない形で事故が起きてしまうことがあるのだと実感しました。

この出来事は、私たち家族にとって見守りの難しさを改めて考えるきっかけになりました。見守っているつもりでも、ほんの一瞬の出来事が大きなけがにつながることもあります。だからこそ、家の中の環境や動き方について、これまで以上に意識するようになりました。

昼間の静かな時間に起きた父の転倒は、今でもはっきりと覚えています。見守りという介護の重さを、強く感じた出来事でした。

見守り介護で家族が追い詰められないために大切だと感じたこと

父の転倒と骨折を経験してから、私たち家族の見守りの考え方は少しずつ変わりました。それまでは「目を離さないこと」が一番大切だと思っていました。できるだけ近くにいて、父が動こうとしたらすぐ支えられるようにしておく。それが見守りだと考えていたのです。

しかし実際には、どれだけ気をつけていても、すべての動きを止めることはできません。家族にも生活がありますし、ずっと同じ場所に立って見守り続けることは現実的ではありません。転倒が起きたあと、そのことを改めて考えるようになりました。

環境の見直し

まず私たちが意識したのは、家の中の動きやすさでした。父がよく通る場所に物が置かれていないか、足元が不安定になりやすい場所はないかなどを家族で確認しました。玄関周りや廊下など、普段何気なく使っている場所でも、改めて見ると気になる点が見つかることもありました。

また、父が動こうとするタイミングにも少し注意を向けるようになりました。例えば、トイレに行きたいときや、長く同じ姿勢で座っていたあとなど、立ち上がることが多い時間があります。そうした様子に気づいたときには、こちらから声をかけたり、そばに行くようにしました。

もう一つ感じたのは、家族が一人で抱え込まないことの大切さです。見守りは目立つ介護ではありませんが、長い時間続くと精神的な負担が大きくなります。「自分が見ていないといけない」と思い続けていると、いつの間にか気持ちが追い詰められてしまうこともあります。

余裕なんてありません。でも。

家族の中で声をかけ合い、少しでも交代しながら見守ることは大きな支えになります。短い時間でも「少し休んでいいよ」と言ってもらえるだけで、気持ちが楽になることもありました。見守る人が疲れきってしまうと、余裕を持って介護を続けることが難しくなってしまいます。

父は「自分でできることはやりたい」という気持ちを持ち続けていました。その思いは、きっと多くの高齢者に共通するものだと思います。だからこそ、すべてを止めるのではなく、安全に配慮しながらできることを見守るという姿勢も大切なのだと感じるようになりました。

見守りは、何もしていないように見えるかもしれません。けれど実際には、とても気を使い、心を配る介護の一つです。父の転倒を経験してから、その重さを改めて感じました。

同じように家族の見守りをしている方の中には、「自分の注意が足りなかったのではないか」と悩む人もいるかもしれません。私もそう思ったことがありました。でも、介護は一人で完璧にできるものではありません。家族の体力や生活も大切にしながら、少しずつ続けていくことが現実的なのだと今は感じています。

父との介護の日々の中で、見守りは決して小さな役割ではありませんでした。静かな時間の中で続いていく、大切な支えの一つだったと思います。

家族だけで見守り続けるのは大変なこともあります。最近は見守りをサポートする機器やサービスもあるので、無理をしすぎない方法も考えてみると良いかもしれません。

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